ウダーナ ~ ベスト・オブ・仏教 第2章7独り子の経(現代語訳・解説)
2.7 独り子の経(17)
このようにわたしは聞きました。
あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。
ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、ひとりの在俗の信者の、愛しく可愛いい一人子が命を終えたのです。
そこで大勢の在俗の信者が、濡れた衣、濡れた髪で、朝早くから、お釈迦様のところにやってきて、お釈迦様にご挨拶(あいさつ)して、かたわらに坐り、それらの在俗の信者たちに、お釈迦様はこう声をかけられた。
「どうしてあなたたちは、濡れた衣、濡れた髪で、朝も早くからやって来たのですか」
このように言われたとき、その在俗の信者は、お釈迦様に申し上げた。
「尊き方よ、わたしの愛しく可愛い一人子が命を終えたのです。それで、わたしたちは、濡れた衣、濡れた髪で、朝も早くからやって来たのです」
お釈迦様は、このことを知って、ウダーナを唱えました
神々人間が可愛い姿に夢中になる
病と老いるという領域を持つ死王に抑えられる
可愛い対象の病と老いで悩む
可愛がる主体が 病と老いで悩む
昼も夜も
不放逸に可愛いと思われる対象を棄てるならば
その人は悩みの元を
乗り越えがたい死王の対象を取り除く(21)
以上が第七の経となる。
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独り子を無くした悲痛な人がお釈迦様をのもとにやってきたお話
この時代のインドでは悲しみが癒えない間は、濡れた衣、濡れた髪のまま過ごすという風習がありました
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なにが書いてあるか
(直訳詩)
Piyarūpassādagadhitāse,
可愛い姿に縛られて
Devakāyā puthu manussā ca;
天の神々も多くの人々も
Aghāvino parijunnā,
苦しみ老いで悩み
Maccurājassa vasaṃ gacchanti”ti.
死神のもとに行く
Ye ve divā ca ratto ca,
昼も夜も
Appamattā jahanti piyarūpaṃ;
怠らず可愛い姿を捨てるなら
Te ve khaṇanti aghamūlaṃ,
苦悩の根を掘り出す
Maccuno āmisaṃ durativattan’’ti.
乗り越えがたい死神の利益を
解 説
Piyarūpassādagadhitāse,
可愛い姿に夢中になる
*心が縛られた人のこと
*Piyarūpa(可愛い姿)は、自我が生まれるのと同じ仕組みで生まれます
*このPiyarūpa(可愛い姿)のしくみを見てとっているのが聖者です。
*この一言が悟りの世界を暗示しています
Devakāyā puthu manussā ca;
神々人間が、可愛い対象の病と老いで悩む
*可愛い対象とは、例えば子供、親、兄弟など
Aghāvino parijunnā,
可愛がる主体が 病と老いで悩む
*可愛がる主体とは、自分自身や眼、鼻などの自分の肉体など
Maccurājassa vasaṃ gacchanti”ti.
病と老いるという領域を持つ死王に抑えられる
*病になり、老いて、死んで、生まれて、というサイクルのこと
*輪廻転生を表している
Ye ve divā ca ratto ca,
昼も夜も
Appamattā jahanti piyarūpaṃ;
不放逸に可愛いと思われる対象を棄てるならば
*昼も夜も怠らず修行すればということ
Te ve khaṇanti aghamūlaṃ,
その人は悩みの元を
*aghamūlaṃ悩みの元
*輪廻の苦の根源、放逸、
*khaṇanti取り除く
*根絶すること
Maccuno āmisaṃ durativattan’’ti.
乗り越えがたい死王の対象を取り除く
*durativattan乗り越えがたい
*それよりも外に逃げもどることが出来ない
*Maccuno āmisaṃ死王の対象
*死神の餌とも言われる、苦の根源のこと
この詩も縁起の形で詩われています起の形で詩われています